
「たぬき斯くあるべし…」


たぬきを飼うのが趣味だ。
飼っていたやつが死んでしまったので、
ペットショップで新しいやつを買ってきた。
ぼくは、たぬきというのはションボリしていてこそたぬきだと思っている。
ションボリしているのを選ぶなら、やはり8割引だ。
2割引は危機感が足りない。
5割引は卑屈さが足りない。
8割引の中でも、ショーケースの中のやつに話しかけテストを行い、小学生低学年ぐらいの知能があるやつを選んでいる。
トイレの躾などはペットショップで済んでいるので、簡単な常識や計算を覚えさせる。
お礼や挨拶などは当たり前に出来るように教え、感謝の気持ちが大事だと知ってもらう。
教える時に、肉体的な損傷は決して与えない。ぼくはたぬきを愛しているからだ。


飼いたぬきも、こんなに優しく育ててもらえてありがたいと思っているはずだ。
調子に乗りにくい、賢く大人しい個体を選んだので間違いない。
だが教育をするのは、自分の立ち位置を明確にわからせるためだ。
ペットショップ生まれ、ペットショップ育ちのたぬきに野良はどんな生活をしているのか知らしめるために教材用映像を見せる。
いやそうな顔で虫を食べたり、ゴミを食べて生き延びる野良たぬき達。
悪い事とわかっていても、自分や子が生きるために畑に手を出して罠にかかったり、命乞いのダンスをしても人間の手で処分される一連の流れ。
スラムでは一見気ままだが、もどきに襲われる危険と隣り合わせであること、
台風や熱波、洪水などの自然災害もありチビから大人になるまでほとんどが死ぬこと、
冬眠するも栄養が足りず冬を越せないたぬきや、雪の下に潜り地面に隠れているうちに踏み潰されてしまう様子などもしっかり見せる。
最初は「やだし…やだし…」とジタバタしていたが、幼児用の椅子に座らせてベルトで固定すると両手を振り回したり目を塞いだりするので
あぐらをかいた上に座らせ、両手を掴んで無理やり見せた。
きっとさわるな…と言いたいだろうが
「ぼくもつらいが、一緒に頑張って最後まで見ような」
と訴えかけると、飼いたぬきは涙をこぼしながらも上唇を噛んで耐えてくれた。
ぼくはその健気な姿に“勃起”していたが、何か固いものが当たっていると感じてもそれが何かはたぬきにはわからないだろう。
自分はまだ大事にされていると感じさせつつ、思い上がらせない匙加減が重要だった。
そして、我ながらそれは上手く出来ていると思っていた。


自分は野良に比べて恵まれているが、しかしたぬきそのものの価値というのは世の中では値段にしてそれ程ではないという事を知るには“基準”が必要だった。
正規の金額ではいくらで、お前の値段はそこから8割引かれた金額だというのをしっかり理解出来るように教え込む。
そうすると、周りの物がいくらかを意識できるようになり、自分の価値がよくわかるようになるのだ。

部屋の中である程度自由に過ごさせて、最初はたぬきが見たこともない家電に近づいたりそっと触れてみたりする様を楽しむ。
時には使っている所を見せて、どういうものかを教えてやる。
「すごいし…どうなってるんだし…」
未知の人工物に惹かれ始めた段階で、決まってこの言葉を伝えるようにしている。
「それ、お前より高いやつだからな。触って壊すなよ」
この言葉を聞いた飼いたぬきは、大抵その家電に近づかなくなる。
周りの物の値段を教えてやると、必然的に何もない部屋の隅がたぬきの定位置になっていく。
部屋の隅でしゃがみ込み、ションボリとしている様がまたかわいらしいのだった。


ぼくが留守の間と、寝るときだけは檻の中に入るように決めている。
万が一の反乱や脱走などを防ぐためだ。
もちろん、たぬきには身の安全のためと説明している。
檻や寝床も値段を教えてあり、ペットショップ時代の物は会計時に全て処分してくださいとたぬきの目の前で店員に伝えるようにしていた。
親の匂いが染み付いたブランケットは、安易に虐待するなら持ち帰ってから目の前で引き裂いたりゴミ箱に捨てたりするのだろうが、ぼくにそんなつもりはない。
「わざわざ、お前のために新品を用意したんだぞ」
と伝えることで悪意がないアピールをしっかり行う。
「これなんか結構高かったんだからな。お前3匹分ぐらい？」
「…ありがとうございますし…」
「ちゃんとお礼が言えるな。えらいぞ」
「はいし…たぬきはちゃんと、お礼言えますし…」
自分より価値が高いとされるものに囲まれ、汚したり壊したりしないよう気をつかう姿は、実に居心地が悪そうだった。
そうなると不眠なのか、たぬきのクセに目の下にクマを作り、昼間は三角座りで膝に顔を伏せたまま寝ている事もあった。


当然のことだが、食事はしっかり三食出す事に決めている。
お腹をすかせてつらい思いをさせる事は絶対にしない。
仕事に行く時も量が計算できるように教え込み、朝は食べさせてから出るようにして留守の間の分だけ皿に入れていく。
夜は帰ってきたら自分の食事より先にたぬきの分を出してやり、
「ああ…お腹がすいたなァ」
とわざとらしく言ってから自炊を始めたり、買ってきたものを食べるように心掛けている。
ただし、甘いものや塩分のしっかりしているものは与えない。
食べさせるのは、苦味の強い固形たぬフードや、酸味の強い缶詰たぬフードと決めている。
たぬきの味覚は人間の幼児に近く、苦い物を毒と判断したり、酸っぱいものは腐っているかもと判断し、本能的に避けようとする。
嫌がっているのは明らかだが、食べ終えるまで次の補充は行わない。
「栄養があるんだ。好き嫌いは駄目だぞ」
「はいし…ちょっと待ってくださいし…ちゃんと食べますし…」
一見、たぬきのためを想ってやっている風な言い方をするようにしている。
実際にはもっと栄養があって、美味しいモノがある事をたぬきは知らない。知る必要はない。
先に野良の生活の様子を見せているので、本当に毒を食べて死んだり腐った物を食べてお腹を壊さないだけマシだと感じているはずだ。
心の内はわからないが、たぬきも自分がワガママを言っているのだと恥じて反省する素振りを見せる。
「たぬきが食べる姿が好きなんだよな。お前が食べ終わるまで、見てていいか？」
「がんばりますし…ｳﾞﾌｯ…ごめんなさいし…おいしいですし…」
戻しそうになりながらも、食べ物を無駄にしない精神はしっかりと根付いている。
ぐうぅぅ、と腹の虫がたぬきに聞こえる距離で言ってやると
本当に辛そうな顔をして嫌いな餌を食べてくれるのが実にかわいらしかった。


「あっ…ごしゅじん、待ってくださいし…」
ある日、散歩をしていると飼いたぬきが何かを見つけた。
外出させるのは自分と他のたぬきの暮らしの違いを目の当たりにして心を痛めてもらうためだ。
いや、社会勉強という体だったな。
道路から見える細い路地の中に、くしゃくしゃの新聞紙が見える。
その間から、かなり小さなチビたぬきが顔を覗かせていた。
まだ目も見えていないのか、じっと虚空を見据えている。
どうも、リポップしたてらしかった。周囲を見渡しても、大人のたぬきも子供のたぬきも見当たらない。
1匹だけということは、親の庇護も受けられず、仲間とたぬき玉を作ることもできないだろう。
明日の朝を無事に迎えられるかどうかも難しそうだった。
「あの…あのちび…」
「知らないよ。お前が助けたければ助けるがいいさ」
言いたい事はわかっていたので、先回りして答えてやった。
飼いたぬきはぐっと言葉を詰まらせる。
「ただし、ぼくは一切関知しない。餌はお前のを分け与えるんだ。トイレも何もかも、お前が世話をするんだな」
「っし…えと、でもですし…」
飼いたぬきは迷う素振りを見せて、その場で立ち止まった。
チビが小さい頃は自分が我慢すれば何とかなるが、大きくなるうちにいずれ生活が破綻するのはこのたぬきならわかっているだろう。
おまけに餌はあの不味いやつだ。大人でも堪えるのに、チビたぬきの口には絶対合わないはずだ。
チビが文句を言い、餌が半永久的に補充されない可能性にも至っているに違いない。
トイレを躾けるにしても、フンを処分する方法がたぬきにはないーーー拾ったチビにフン食を覚えさせれば生き残れるが、大人になれば普通の餌を食べる自分と諍いが起こるのはわかりきっている。
こいつには、短い時間でそこまで察しがつく知能があるはずだ。
「ご…ごめんだし…たぬきじゃ養えないし…」
後ろ髪引かれる思いで、たぬきは何度かチビの方に顔を向けるが、やがて諦めたらしく、フルフルと首を振った。
「ｷｭｩｩ…ｷｭｰ…」
がさがさの新聞紙に包まれたチビに、飼いたぬきの言葉は聞こえているらしく、寂しそうに弱々しく声をあげていた。
たぬきは唇をキュッと結び、モチモチとした両手をぐっと握り耐えていた。
「どうか優しいヒトかたぬきに出会って、助かって欲しいし…」
「あぁ。ぼくもお前も優しくないもんなぁ？」
言葉尻をとって、口元では笑みを作ってやり、目は笑っていない表情を作った。
「いっ、いえし！飼い主さんは優しいですし…失言でしたし…ごめんなさいし…」
余計なことを言えば捨てられる事は常々ちらつかせている。
自分が優しくないのは否定しない辺り、いい感じに卑屈になっているな。
ぼくは心底満足し、たぬきにはそれを見せないようにした。
「今イエスって言った？ぼくが優しくないって？」
ぼくは笑いながら、冗談まじりに皮肉を続ける。
「いいえし…」
たぬきはすっかり意気消沈し、うなだれた。


その日の夜、飼いたぬきをもう一度散歩に連れ出す。
「あのリポップしたてのチビを見に行こう」
やっぱり飼ってくれるのかも、と僅かに期待したらしいが
すぐにそうではないだろうと思い当たったのか、飼いたぬきの足取りは重かった。
「おいおい、今ならまだ生きてるかもしれないんだから急ごうぜ」
希望を持たせるような物言いをして、急かしてみる。
死んでいたとしても、外の厳しさを知らしめる良い機会程度にしか考えていなかった。
さて、もどきに喰われているか、カラスに連れ去られているか。
できれば何らかの痕跡が残っていてくれるとありがたい。
もし何も残っていなければ、少し行った先のチビ回収ボックスを見学させてやるだけだ。
あれはあれで、現実の無情さについての良い教材になる。


「良かったじゃあないか。まだ生きてる」
チビたぬきは、あの場所から動いていなかった。
新聞紙に包まったまま、孤独なのでたぬき玉すら作れず、しっぽを抱えてうつ伏せで震えている。
お腹を空かせているのか、舌を出してチロチロと振っていた。
「ｷｭｰｷｭ…ｷﾞｭｷﾞｭｳ…」
「なんて言ってる？」
気の毒そうに見つめる飼いたぬきに、翻訳するよう促す。
「“さびしいし…さむいし…”って言ってますし…」
こちらに気づいたのか、震えたままのチビたぬきが見つめてくる。
目は見えるようになったらしい。
「ｷｭﾜ…？ｷｭｯｷｭ…？」
「“この声…さっき聞いたし…助けにきてくれたし…？”って言ってますし…」
震えたまま、こちらに這い寄る事も出来ないチビに向かって、しっかり聞こえるように返す。
「いや、違うよ。ぼく達はお前を助けてやれない。ただ、親も仲間もいないお前がどうなるのかを見にきただけだ」
「ｷｭ…ｷﾞｭ…」
と、その言葉はかなりショックだったらしく、トドメとなってチビたぬきは弱々しく鳴いて動かなくなった。
「最後はなんて言ってた？」
「“どうして…どうしてし…”って、言ってましたし…」
「そか。残念だったな」
目の前で孤独死したチビたぬきを新聞紙に包んで摘み、少し行った先のチビたぬき回収ボックスへと無遠慮にぶち込む。
透明なボックス内では、中でまだ生きていたチビたぬき達がギューギュー騒ぐ様子が見えるが、1匹が遺体をもちもちと齧り始めた。
捕食しているチビは、手や頬に茶色い毛が生え始めていた。
「おい見ろよ。あいつ小さいのにもどき化してきてるぜ」
「こ、こわいし…！」
たとえ子供でも、もどきには本能的に恐怖するのか、飼いたぬきはジタバタはしなくとも震えて青くなっている。
中のチビ達もまた、身を寄せ合い震えているしかなかった。
縦長のボックス内ではジタバタする空間もないし、目立つ行動をすれば自分の番が早まるからだ。
遅かれ早かれ、だとは思うが。
「中のチビ達もそのうち喰われるだろうな」
「助けてあげられませんかし…？その、逃すだけでもし…」
先程のチビの時のように飼ってとは言わず、ただ予想される惨劇から解放出来ないかと尋ねてきた。学習したらしい。
「回収ボックスを開ける手段がないのが残念だよ」
肩をすくめて、首を振る。
「安心しな。明日の朝には回収業者が来て、生きてるもどきも死んでるチビも全部燃やしてくれるから」
全く安心に繋がらない情報を与えられた飼いたぬきは、
「そんな…チビ達…ごめんし…ごめんしぃ…！」
ボックスの中を見ていられず、顔を背けた。
この中のチビ達の言葉を翻訳させるのは出来ないだろうな。
ぼくはたぬきの頭にぽん、と手を置いてやると、抱き上げて連れ帰ることにした。
背後からは、小さな悲鳴が聞こえた気がした。




「よっこいし、どっこいし…」
「みんな、がんばるしーぃ…」
「そこ段差あるし、気をつけてし…！」
「ありがとし…もうひと踏ん張りし…」
またしても散歩の途中の出来事だった。
大きな倉庫の開け放たれた入り口から、作業の様子が見える。
複数のたぬきが、自身よりかなり大きな段ボールを支えて移動していた。
まるでピ○ミンだと思った。
「あ…たぬき達だし」
「仕事をしているようだな。配送の手伝いかな？」
飼いたぬきは自分以外に人間の世界で生活しているたぬきを初めて見たので、実に興味深そうだった。
給料をもらい、子供を育てている自立たぬきがいることは“社会に溶け込むたぬき〜シングルマザーの苦悩編〜”で学習済みだ。
「えらいし…立派だし…」
仲間達と協力しあい、自分たちよりも大きく重い物を運ぶ姿は大変そうではあるが、ぼくからしても汗がキラキラして見えた。
　

「ひとりぼっちのたぬきじゃ出来ないし…」
ポツリとこぼしたのを聞き逃さず、拾って話題にしてやる。
「あの中で、すぐにでも働けるようにしてやろうか？」
「え、いいんですし…？」
恐らくイメージとしては、家からアルバイトとして通わせてもらえる感じだったのだろう。
退屈な家から抜け出せる上、仲間と交流できる。
飼いたぬきの声がちょっと弾んだのを見逃さず、すぐに現実を突きつける。
「荷物は全て処分させてもらうし、もう二度とぼくと会うこともないだろうがね」
捨てることを暗に示し、選ばせてやる事にする。
「や…やめときますし…」
飼いたぬきは引き攣った笑いで答え、
「ふー、やれやれし！」
と荷物を運び終え、自分の腰をモチモチと叩いたり、
「お疲れし〜」
「がんばったしぃ〜」
とお互いにほっぺをモチモチしあったり、
「お茶飲むしー？」
「「「飲むしー！」」」
などと、重労働の中でも励まし合い、どこか和気藹々とした様子のたぬき達を、羨ましそうに眺めていたが、やがて諦めたようにトボトボと歩き始めた。


後日、たぬきニュースを検索していると、記事の中に工場で発生した事故について書かれているのを見つけた。
たぬき関連の記事だけをまとめたwebニュースだ。ぼくみたいなションボリしているたぬきが好きな人間や、たぬきが好きだが様々な事情で飼えない人間の需要を満たしている。
「あの倉庫のたぬき達、高い所の物を取ろうとして複数で肩車をして失敗したそうだ」
「えっ、し…」
部屋の隅で膝に顔を埋めていた飼いたぬきが、驚いた様子で顔をこちらに向ける。
「一番下のやつは即死…これはまだいい方だな」
利き腕がひしゃげて重労働ができなくなり、軽作業に回された結果、子供を養えなくなりアパートで火事を起こし一家心中を選んだ社畜たぬきがいたが、
親だけ死に損ねてチビは全員焼け死に、大家からの賠償請求と、家を失った隣たぬから責められた事で結局入水自殺を選んだと書かれている内容を読み上げる。
余談だが、巻き込まれただけでまったく罪のない隣たぬも、家を失った事でスラム入りを余儀なくされ、最下層の扱いを受けているうちに駆除業者が入り殺処分されたらしい。
一番上の荷物を取り損ねたやつは生き残りのたぬきに罵倒され、たぬき不信に陥って食事が喉を通らなくなり死んだ事なども読み上げてやった。
興味深い記述は、上から二番目のやつは倒れた衝撃で首が曲がって頭を傾けた状態で固定されてしまい、帰宅した先でチビ達に怖がられ、外へ逃げ出したチビ達は漏れなくもどきに喰われたらしい。
新しいチビを探しているが、首が曲がっているせいで懐くチビたぬきは今のところいないようだ。
全ての事柄をたぬきが把握できるよう詳細に説明していくと、目に見えてションボリしていく。
「よかったな。無理に働きに行かなくて」
わざとらしく言ってやる。
たぬきはまたションボリして顔を膝に埋め直したが、何かを思いついて再び顔を上げる。
「で…でもちゃんとした所に就職してたんだし…？」
飼いたぬきは、社会活動に従事するたぬきには手当があるはずだ、と覚えた知識を総動員してつらい現実に抗おうとした。
「あのたぬき達、頑張ってたし…世間には労災ってものがあると聞きましたし…」
「たぬきに労災は適用されない。使えなくなったらそれまでだ。新しいやつはいくらでも来るからな」
たぬきは唇を噛んだ。行かなくてよかったと思っているのか、たぬきの処遇に心を痛めているのかはわからなかった。


親が愛情深い話ばかりをしているとバランスが偏るので、悪い親の話もしなければ。
ある日、100円ぽっちで子供を売り払った親たぬきの話を見かけた。
飼いたぬきは、自分よりもずいぶん安い値段で買われたチビの身を案じていたが、
チビは綺麗な服と美味しいご飯と安心できる寝床を与えられた結末を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。
ただしそこに、自分では大金だと思っていた100円では何も出来ずに貧しい生活を送っている親たぬきが買われたチビと偶然再会し、
チビは久々に親に甘えようとするが、あまりの暮らしぶりの違いに
「近づくなし！お前は私の子じゃないし！ずるいしぃぃいい！」
と親は子を突き放しジタバタする様に、ショックを受けたチビは散歩のたびに親元を訪れたがり、
「見るし…おまえじゃ一生食べられないお菓子だし…わたしを売った、はした金5枚ぶんだし…」
“元”親たぬきの前で延々と自慢をし、ジタバタする様を楽しむように歪んでしまった補足を付け加えた。
「ひどいし…実の親子でそんな事あるんですし…？」
“親は子を守り育てるもの”という幻想を打ち砕かれた飼いたぬきは、信じられない様子だった。
「親がいるのはこの辺らしいから、一緒に観に行こうぜ。見下す子供も見られるかもな」
「いいえ…遠慮、しますし…させてくださいし…」
ぼくの作り話と否定したかったのだろうが、下手な事を言えば見せつけられることに途中で気がついたらしかった。


それからも、ぼくが仕事から帰った後や、休日には事あるごとに聞きたくない話を聞かされ、飼いたぬきがションボリを深める様子に満足していると。
「ひとつ教えて欲しいし…」
飼いたぬきの普段と違う喋り方は、決意の色を滲ませていた。
きっと、これから本心を打ち明けようとしているのだろう。
「なんで、そんな話ばっかりするんだし…？」
たぬきはふぅ、と息をつきながら訥々と話し始める。
「たぬきのこと、そんなに嫌いかし…？」
喋っているうちに悲しくなってしまったのか、目尻には涙の粒が溜まっている。
「ならいっそ捨ててし…」
ついに、たぬきからこの言葉が出てきたか。
「嫌いなわけないだろ？ぼくはたぬきを愛しているんだぜ」
「だったら、どうしてし…！」
だったらどうして、こんなひどい事ばかり聞かせるんだし。
と、目で訴えてきた。
言葉に出さないのは言っても無駄だと思っているからだろうか。
ぼくもまた、ハァ、とため息をついて聞かせてやる。
「ぼくはね。たぬきというのはションボリしてこそ、と考えている」

まっすぐ、本気の目で飼いたぬきを見つめて言った。
「ションボリし続けてくれないと困るんだ」
「し…」
「笑顔のたぬきなんて見たくないんだ。たぬきがたぬきでなくなってしまうからな」
答えを聞かされて満足したのか、たぬきは黙り込んでしまった。
嘘だ。満足してないどころか絶望しているのはわかっている。
「お前は買った時点で1年経ってるからな。あと少なくとも2年は生きられるんだ」
数字の概念を教え込んでいるので、あと2年も…！？とショックを受けているのが口元に手を当てた様子で分かった。


「もっとションボリしてみせてくれよ。そうだ、今度の休みは動物園のたぬきでも見に行こう。それがいい」


ぼくの提案に、何を思ったのか。
飼いたぬきはうなだれたまま、檻の前へ歩き出したので鍵を開けて入れてやる。
一度だけこちらを見やり、寝床に伏せる。
この個体では過去一番のションボリ顔だった。
写真に撮りたいぐらいだったが、心に焼き付けておくとしよう。


翌日、ケージの中の様子を見にいくと。
ある程度、予想通りの状態だった。
飼いたぬきは己の舌を噛みちぎり、喉を詰まらせて死んでいた。
うつ伏せで顔を右に向け、口元に血溜まりが出来ている。
右手の先には、血文字で“やだし”と書かれていた。
わざわざ書くあたり、よっぽど恨みを込めていたのだろう。
字を書けるほどの知能があったのに、もったいない。
でもまあ、半年なら保った方だろう。
前のやつは耳をちぎりだして、ぼくの話を聞きたくないと主張してきたので、
瞼の上にテープを貼って目を閉じられないようにしてから、ちびたぬきが死ぬ動画ばかりを見せていたら、散歩の時にわざと車道に飛び出して車に轢かれてしまった。
その前のやつは苦手な食事を「ほんとうに無理なんですし」と拒否し続け、横たわって衰弱していったので、野良のたぬきが餓死する動画を見せたら泣きながらエサを食べていたのが印象的だったが、ある日洗剤をがぶ飲みして死んでしまった。
おしゃれ着用の高いやつを使われたので、腹が立って埋葬せずに近所のスラムに遺体を放り込んだ。
後日、そのスラムでチビをはじめとする複数のたぬきが死んだニュースを見て、やっと腹立たしい気持ちが落ち着いたものだ。
あの頃はぼくも気が短かったと反省する。
次はもう少し保つように、ぼくも“学習”しなきゃあならないな。


男は、ションボリに憑かれていた。
もはやたぬきのションボリを摂取し続けないと生きていけなくなっていた。
ションボリのために働き、稼ぎの趣味に使える部分はほとんどたぬきに注ぎ込んでいた。
背後には、たぬきのような形をしたモヤがいくつも佇んでいた。


オワリ

